おにいさまへ…

中学生になってすぐ剣道部に入ったのだが、三年生に素敵な人がいた。副部長で、ルックスは今思えば鈴木砂羽みたいな感じだった。他にも十数名の新入生が居たが、なぜかとりわけ目をかけてくれた。部活以外の校内でも見かければ理由もなく構ってくれて、吉屋信子風に言えば「エス」的な憧れを私は一時持った。

ある日の放課後、教室で騒いでいたか、何かし残した事をしていたか…。先輩が廊下を通りかかってささやくようなトーンで私を呼んだ。ドアは開いていた。先輩は外で友達と立ち話をしていたか…椅子があったように思うけど、定かではない。

私は目の端に先輩を目一杯意識しながら聞こえない振りをした。最初はゲームのようなつもりだったのかも知れないが、だんだん意地になり、無視した格好になった。五、六回も声をかけてくれたろうか、先輩は諦めて行ってしまった。その間がすごく長く、身を切られるように辛かった。自分でその行動を選んで決定したわけだが、進行形で傷ついていた。

今も先輩の容姿や私を呼ぶ声を思い出すと慕わしい気持ちになるが、向こうはとっくに忘れているだろう。なぜあんなことをしたのか。先輩の事が好きだったのに。