ぶらり若狭路

avocadobanana2010-11-14

辺りはとうに陽が陰り、寒い。敦賀に着いたのは五時だったが、小浜線の次は五時四十五分発だった。襟を立てながら、売店で買ったオバマせんべいとのっちを比較して発車までの時間を過ごした。早めに到着した電車の僥倖に「これは東敦賀行きですか?(マジで?)」と思わず駅員とお掃除の人にそれぞれ確認。二両編成の二両目に乗り、シートに深々と身を沈めた。

文庫「夜とともに西へ」(ベリル・マーカム)を読む。大西洋を東から西へ横断した初のパイロット(女性)の自叙伝。ヘミングウェイも絶賛したという筆致はハードボイルドなのにリリカルで、クール。如何に面白くても没頭しすぎては乗り過ごす。停車するたびに目を上げ、電光掲示板の駅案内と左前方のドアに目をやる。ワンマンカーなので開閉ボタンを自分で押さないと開きまへん、とアナウンスも繰り返す。チェックも出来るし、良いところに陣取った。

五時を数分過ぎた頃、軽い衝撃で停まる。アナウンスがイレギュラーな声に代わり、「鹿が衝突したので車両検査中です」と言う。ここはアメリカ開拓時代の大西部か!車内が福本伸行ばりにざわ…ざわ…する。やっぱ珍しいか、さすがに。でも最寄り駅には敦賀から電話したお迎えが来ている筈なので、待たせると悪いな。しかし、およそ五分後に再び発車。

次の停車駅のアナウンスがあり、掲示板でも目的の駅名を確認。早くもドアにぴったり身を寄せる。完璧だった。ゴトン。停まった!イラチなので開ボタンも壊れよとばかりに強く一度押す。…反応しない!ガチャガチャ。激しく押す。壊れたか!いや壊したか!今まで大丈夫だったのに、何万回目かの果てのこの私の一押しで!神よ…そんな煩悶は何者も受け付けなかったが、そのうち耳に「ちょっとアンタ、前の車両行かんと…」という声が複数入って来た。振り返ると、オジさん達が腰を浮かせて前方を指さす。「前の車両からでないと降りれんよ!」

「嗚呼!すみません!」と叫び、作業用具で重いスーツケースを引っ張りながら涙目で連結ドアを開ける。ドアも重い。蛇腹。一両目のドアを開ける瞬間、プシュ。と電車は息を吐き出した。絶望の波が私を襲う。ゴトン…ゴトンゴトン。無慈悲にもスピードは上がっていく。

周囲の視線が痛い。しかし、やるべきことはやらないと。禁を犯し、私はしゃがみ込んで迎えに電話を入れる。「すみません!降り損ねました…」息を飲むような気配。「なので、折り返そうと思いますが…」「いつになりますか…?」「ちょっとわからないので、次で降りて時刻表チェックします。お待たせするの悪いので、また後で連絡しますので…」と話しながらも一時間に一本なんだよなあと暗くなる。お迎えは弱冠キレ気味に「私にも、都合があるのでそんなに待てないので、次の駅までお迎えに行きます!絶対絶対次で降りて下さいね!」「はいオリマス!」

電話が終わって、私は一番前の目立つ方の右ドアにせかせかと急ぐ。ドアの前の乗降方法のシールが眼球に深々と、次いでアナウンスも耳に突き刺さる。「前方車両のドアのみ開閉します」何故私は聞き逃してしまったんだろう。到着まで私は自分を責めて過ごした。辛かった…ああそういえば、わりと沢山居た乗客が少しずつ減っていった理由を一顧だにせず阿呆のように眺めていた。私がひたと目を据えていたドアは終始開く事は無かった。…今はともかくこの開くドアに張り付いておかなくては。今出来る事はそれだけだ…若い男性に「あの、切符はここに入れて良いんでしょうかね?」と聞かれる。私は車掌ではない。しかしこの瞬間、私は運転席と大変距離を感じたのだろう、「そこに入れて良いんじゃないですかネ」と無責任に答えた。

到着すると若い運転士が御簾越しな感じで運転席の暗がりから手を出して来たので、切符を渡す。降りて、迎えに電話を改めてした。数分して気持ちやつれ気味に来てくれて、本当に済まない気持ちで一杯になった。その後、ボスと現地で落ち合い、無事に夕食も摂れて風呂にも入れた。

あの出来事から数日経った。今思う事は、最初に押したときに開いていたら、私は真っ暗な線路にぽとりと落ちていたと言う事だ。駅は右側に続いていて、私が目を据えていたドアは左側だったのだから。