個人主義と全体主義

今日は可愛い弟の三十何回目かの誕生日。一度も個人的にものをあげたことはないが、唐突に日付だけ思い出したので弟妻キヨタンに電話。先日甥っ子Kゴに小学校の入学祝いをわずかながらあげたののお礼の電話が旅行中に留守電に二回も入っていたので、ちょっと連絡を。キヨタンは弟の誕生日を忘れていた模様。彼らは関東は浦和に住んでいるのであまり遊びにいったり来たりが出来ない。でも神戸はお洒落なところなのでと吹き込んだら遊びにきたいですぅ〜と言っていた。Kゴは絵を描くのが好きな王監督にちょっと似た口元の可愛い六歳児。ヒゲが生えたり声変わりする前にあちこち連れ回したい。しかし重い子なので三歳を迎える頃にはもう抱っこも出来なくなっていた…。コーヒー牛乳や揚げ物が好きなのは母にも伯母にも似たってことで、不憫な。

先日旅行に行った際に思ったのは、現地に住む日本人女性たちの高慢な雰囲気。さすが…エレガントというべきなのか。態度の悪い岸恵子みたいなイメージだ。あんなに美人ではないが…。しかし、何故だか私はある種の感銘を受け、自分の態度を「個人主義」と「全体主義」に分けた。わがままだなと自覚がある時は「個人主義」ダマーに協力させたいときまたは自分の満足する行動を彼がとったときには「全体主義」と言う遊びだ。ちなみに全体主義の使い方は間違っている。二人主義、というとまたノロケみたいに思われるのか…これは帰りの飛行機で存分に遊んだが、ダマーはあまり私を刺激したくなかったのかわりとまめに付き合ってくれた。なんかさいきん適当にほかされている気がする。