江戸の仇を長崎は今日も雨だろうか

実家の母と電話で話す。甥っ子は両方Kで始まる名前なので、弟をKゆとする。Kゆは兄に比べてきかん気であると聞いている。身体の小さい割に剛胆なところがある。昨年久しぶりに会ったが、抱っこさせろと言ったら臆せずお父さんのぼり(出典:ぼのぼの)をして来たところからもそれは窺える。これを母は勝ち気といい、義妹は根性があるという。

一年一組で一番小さい。即ち全校で一番小さい。一見人生のスタートからハンデがあるようにみえる。これが覆る瞬間がある。全校集会。「一年一組の○○Kゆ君のところに集合!」とアナウンスされると、「はい!」と手を挙げ大声でいらえる。全校生徒が彼を目指して集結する。彼が基点になるのだ。

へ〜輝いてるね!と言ったら母は、そのとき義妹に、私が同じく一年一組で一番小さかったおりに、その役割を上手く果たせず二番目の子と順番を取り替えられた話をしたと嬉しそうに語った。あったなそんなこと…っていうか、身内の恥を晒さないでよ!と一瞬激昂したが、相手も身内なのだった(笑)ダメ伯母の屍を踏み、ますます輝けKゆ!

褒めるについて、その二

昨日は頭に浮かんだ事を羅列したけど、やっぱりコンプレックスの一つなんだと思う。社交辞令をなかなか上手くいえないという事が。幸か不幸か働く時間も機会も平均に比べると俄然少ないので、いざそういう荒波に…相手の事をよく知る時間も機会も無い荒野に一人きりで放り出された場合、上手く振る舞う自信が無い。途方に暮れる自分が目に見えるようだ。

無理をした私の言葉はかなり見え透いたお世辞になっているか、顔がひき歪んでいる。あるいはぎこちない笑顔に…ここまで書くと、リアルで会う人はますます減るだろうが仕方あるまい。

褒められる事もまた下手である。なんと返せばいいのだろうと黙り込んだりして最悪。失地回復を図ろうとして、例えば仕事先で上手ですねと褒められるとか、お客さんの職人に対する賞賛としての常套句が来た場合、「おそれいります。有り難うございます」でいいんだろうけど、なんか相手はもう一歩求めているのを感じるんだよね。最低でも十五分ぐらい対面してるので…で、お客さんが「私も描けるようになりたいわあ、でも無理〜」で私がよくした失敗は「誰でも描けますよ。紙とエンピツがあれば」←改めて書くとあり得ん

これが私の伝えたい事、味も素っ気も無い真実。でもこれじゃ相当にダメ…相手の気持ちをぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱にポイっとしてる。最近は「お客さんが私より上手だったら仕事無くなっちゃいますよぉ〜」とか言ってる。これも充分ではないが。というか私が嘘をついている。仕事は、それで無くなるならそれでいいのだ。この世界ではこれまでだという区切りだからね。でもそんなの誰も判っちゃくれないよ。

嘘じゃなく、相手の気持ちを無碍にしない言葉を、息を吐くように言えればね。

お世辞はいいのか、悪いのか、潤滑油である事は確か。上手く生きていきたい、自分以外のなるだけ多くと上手く添ってやっていきたい…生き物の自然な欲求だ、でもそれを叶えるために無理をして作った人間関係は、お互いにとってももろいものだと、芯では、それもお互いわかっているんじゃないかなあ。たとえそのとき限りの関係でも、お客様にはいい気持ちで帰って欲しいんだ。だから同じ砂上の楼閣なら、バビロンの空中庭園のように…一緒に作れる人を捜して。

ところで荒野に関連して、やはり出てくるのは贈与という思想。まだまだ考えていきたい。

褒める、について

人を褒める事がいったいに苦手だと以前にも書いたかも知れないけど、全く褒めないわけじゃない。ただ、心底いいと思わなければ言葉にならないタチなだけで…挨拶のように、社交辞令としての褒めが、どうにも受け付けられないだけで。しかし一般的には、特に女性間ではこの、息を吐くように褒めるのが人間関係を円滑に進めるためには重要みたいです。

特にお互い年齢を重ね、配偶者を介した食事やパーティ、自分から特に望んだ出会いではない場合、それはなんていうか、プロレスの技の掛け合い、相手の価値観やセンスや性格から育ち、自分に対する感情、上下のヒエラルキーまでを一瞬で作成する可能性がある。

そう思うとますます褒めたくなくなるね。試合放棄。リングにあがるまでもない。だがしかし、私の属するこの社会とはそのようなもの…仙人(この場合、原ひさ子のような状態)になるにも修行が要るわけで、日々格闘していかねばならないのだなあ…。修行じゃなくゲームだと思えばいいのかも。したら、勝ちたいも。

幸せな子

「幸せな子ーアウシュビッツを一人で生き抜いた少年ー」トーマス・バーゲンセール、訳:池田礼子/渋谷節子、を一気に読了。驚異的なバイタリティの手記。父は亡くしたけど母とは別々に生き延びて再会し、アメリカに渡り国際人権法の権威になった。

この少年、主に天才的に機転の利いた母親の血(「ライフ・イズ・ビューティフル」の主人公のような)に依るものだろうが、幾度となくあった死の危機を、結果から言うと見事にすり抜けて生きた。わずか十歳の一人きりの危険な旅。飢えて凍えて足の指を無くしても精一杯伸ばした手を、掴んでくれた…それを神だとは彼は書いていない。幸運だったと、「幸せな子」だと自らを呼ぶ。人権について深く学び、助け、教え、その幸せを他者に分け与えている、今も…。

私が胸を打たれたのは、一部凍傷で入院していて信頼していた医者たちに置いていかれたときのくだりである。置いていかれる=死であった。歩けずベッドに横たわった仲間に「僕は君と一緒に死にたくないよ!僕は死にたくない!」と叫ぶ。なんという生命力かと…断っておくけど、少年トミーは勇敢で公平で、人に、弱いものに優しいのは今までの描写でよくわかっていた。この場面、よく書いたな、と。実にヒトラー自殺の直後の事であった。というわけで、その場に居た全員は生き延びる事が出来たのでした。

余談だけど、訳は雅子様の妹御のお二人である。

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メモ:承認欲求

イド

イド、というと一般的にはフロイトのアレかもしれないけど、なんっか悶々もやもやと病の様でイメージでいうと「グイン・サーガ」のイド…どどどどどど、と砂漠を覆って攻めて来る半透明で大量のゼリーの軍隊!軍隊つってもひとつひとつの分け目が無くて一塊のゼリーなんですよ、ゼリー、ジェリー、ヘドロのどろどろがどどどどどどドドドドド度々度々度々と自分に迫って押し潰そうと、否、飲み込もうとしてくる、溶かされる同化するしかないんです自分と他人との境が無くなる恐怖です、消化される自分が無くなる喉元にせり上げる悲鳴も吸い込まれ

なんて、まとめるとかわかりやすくとか委細放棄、飼葉桶の泥付き人参を直接突き出すくらいのローフード、喰えるならガリガリと逝ってくれ!